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当時躋寿館で校刻に従事していたのは、『備急びきゅう千金要方』三十巻三十二冊の宋槧本そうざんぼんであった。これより先さき多紀氏は同じ孫思※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)そんしばくの『千金翼方よくほう』三十巻十二冊を校刻した。これは元げんの成宗せいそうの大徳だいとく十一年梅渓ばいけい書院の刊本を以て底本としたものである。尋ついで手に入いったのが『千金要方』の宋版である。これは毎巻金沢文庫かなざわぶんこの印があって、北条顕時ほうじょうあきときの旧蔵本である。米沢よねざわの城主上杉うえすぎ弾正大弼だんじょうのだいひつ斉憲なりのりがこれを幕府に献じた。細こまかに検すれば南宋『乾道淳煕けんどうじゅんき』中の補刻数葉が交っているが、大体は北宋の旧面目きゅうめんぼくを存している。多紀氏はこれをも私費を以て刻せようとした。然るに幕府はこれを聞いて、官刻を命ずることになった。そこで影写校勘の任に当らしむるために、三人の手伝が出来た。阿部伊勢守正弘の家来伊沢磐安いさわばんあん、黒田くろだ豊前守ぶぜんのかみ直静なおちかの家来堀川舟庵ほりかわしゅうあん、それから多紀楽真院らくしんいん門人森養竹もりようちくである。磐安は即ち柏軒で、舟庵は『経籍訪古志』の跋ばつに見えている堀川済せいである。舟庵の主しゅ黒田直静は上総国久留利くるりの城主で、上屋敷は下谷広小路したやひろこうじにあった。
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