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『臥雲日件録がうんにっけんろく』などを読んでみると、山姥が子を生むという話は少なくとも室町時代の、京都にもすでに行なわれていた。しかもおかしい事には一腹に三人の四人も、怖ろしい子を生むというのである。従ってそれが山神の産養いという類の猟人等が言い伝えと、元もとは果して一つであるか否かも、容易に決断することはできぬのだが、山姥の信仰が今ほど雑駁ざっぱくになった上はいたしかたのないことである。近世の山姥は一方には極端に怖ろしく、鬼女とも名づくべき暴威を振いながら、他の一方ではおりおり里に現れて祭を受けまた幸福を授け、数々の平和な思い出をその土地に留とどめている。多くの山村では雪少なく冬の異常に暖かな場合に、ことしは山姥が産をするそうでといっていた。阿波の半田の中島山の山姥石は、山姥が子供をつれて時々はこの岩の上にきて、焚火たきびをしてあたらせるのを見たと称してこの名がある。遠州奥山郷の久良幾くらき山には、子生嵶こうみたわと名づくる岩石の地が明光寺の後の峯にあって、天徳年間に山姥ここに住し三児を長養したと伝説せられる。竜頭峯りゅうずほうの山の主ぬし竜筑房、神之沢の山の主白髪童子、山住奥の院の常光房は、すなわちともにその山姥の子であって、今も各地の神に祀られるのみか、しばしば深山の雪の上に足痕あしあとを留め、永く住民の畏敬を繋つないでいた。『遠江国風土記伝とおとうみのくにふどきでん』には平賀・矢部二家の先祖、勅を奉じて討伐にきたと誌しるしてはあるが、のちに和談成って彼らの後裔こうえいもまた同じ神に仕えたことは、秋葉山住やまずみの近世の歴史から、これを窺うかがうことができるのである。
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