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この時根津ねづに茗荷屋みょうがやという旅店りょてんがあった。その主人稲垣清蔵いながきせいぞうは鳥羽とば稲垣家の重臣で、君きみを諌いさめて旨むねに忤さかい、遁のがれて商人となったのである。清蔵に明和元年五月十二日生れの嫡男専之助せんのすけというのがあって、六歳にして詩賦しふを善くした。本皓がこれを聞いて養子に所望すると、清蔵は子を士籍に復せしむることを願っていたので、快こころよく許諾した。そこで下野の宗家を仮親かりおやにして、大田原頼母たのも家来用人ようにん八十石渋江官左衛門かんざえもん次男という名義で引き取った。専之助名は允成ただしげ字あざなは子礼しれい、定所ていしょと号し、おる所の室しつを容安ようあんといった。通称は初はじめ玄庵げんあんといったが、家督の年の十一月十五日に四世道陸と改めた。儒学は柴野栗山しばのりつざん、医術は依田松純よだしょうじゅんの門人で、著述には『容安室文稿ようあんしつぶんこう』、『定所詩集』、『定所雑録』等がある。これが抽斎の父である。
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